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中欧5ヶ国ゴールデンルートの旅 (その3/12)

旅行2日目は、午前中はザルツブルグ観光。人口15万人、オーストリアで4番目に大きな都市。モーツァルトが生まれた町、サウンドオブミュージックの舞台になった町でもある。旧市街や古い建築物はユネスコの世界遺産に登録されている。案内してくれた地元在住のガイドさんが言うには、ザルツブルグでは11月頃から雪がチラチラと舞い始める。雪は3月頃まで続く。60cmぐらいまで積ることもあるようだ。

ザルツブルグには現在日本人が80人ほど在住している。そのうちの50人が学生。音楽院に通っているとのこと。ザルツブルグはミュンヘンまでは120kmぐらいのところにある。ドイツに近い。経済的にもドイツの影響を受ける。ドイツ産業の下請け的な仕事が多いそうだ。労働者の月給は日本より若干安い。ただし、国民一人当たりのGDPは日本の35000米ドルに対して48000米ドルと収入は高い。

中欧 ミラベル庭園 DSC_2330 中欧 ミラベル庭園 サウンド
↑現在は市役所として使われているミラベル宮殿を背にして見たミラベル庭園。写真正面奥の噴水のところやさらに奥の広場の入口にある像のところでも「ドレミの唄」の撮影が行われた。向こうの丘の上に建つのがホーエンザルツブルグ城。

←左側の写真は上の庭園の写真の奥の噴水左横の木立の切れた所にある像とドレミの唄の場面

私にとってはこの町に来るのは2回目。しかし、20数年前に来ていたので、モーツァルトの生家に行ったこと以外は殆ど忘れていた。まずはサウンドオブミュージックで「ドレミの唄」を歌う舞台となったミラベル庭園を見学。ガイドさんがここ、そこ、と映画に出てくる場面を教えてくれる。しかし、いかんせん映画を見てから時間がたつ。その場面が思い浮かばない。

ミラベル庭園の後は旧市街地に案内された。昔は字の読めない人が多かったのでお店の街灯に何屋さんだかを示すデザインを刻んだ看板が通りに花を添えている。こういうのは、ガイドさんが説明してくれないと見逃してしまうところである。
中欧 モーツアルトの家 DSC_2343

自由時間が余ったので、モーツァルトの生家を再び訪れてみた。(写真→の黄色の建物4階がかつての住居。)住居の下の2階や3階部分を含めて今は博物館になっている。壁に貼り付けてあった説明文を読だ。モーツァルトの父は、宮廷音楽家。母マリアとは恋愛結婚だった。結婚後9年で7人の子供を生み、そのうち生き残った子供はわずか二人。モーツァルトは英才教育で育てられたようだ。子供の頃からその稀な才能で有名になったが、行く先々、この母であるマリアが付き添っていたそうだ。モーツァルトは確かこの家に生まれ、17歳まで住んでいた。

そして、次に引っ越したのが近くのこの写真→の道路左側の家。1944年10月のザルツブルク空襲で破壊されが、1996年、第一生命保険が資金をだして再建されたそうな。道を隔てた右側の家は、電車が近づくと音が変わって聞こえる現象ドップラー効果を解明したことで有名なドップラーさんが住んでいた家。中欧 ドップラーの家 DSC_2337

午後はチェコの首都プラハに向けて出発。時々高速道路のサービスエリアでトイレ休憩となる。が、高速道路といわず、欧州ではトイレは有料のところが殆ど。ドイツでは高速道路が無料だ。ドイツを通過するトラックなどの運転手がトイレを利用すると負担だけ増える。そんなことからドイツの高速道路アウトバーンでトイレの有料化が始まったそうだ。

オーストリアでは、ドイツと違い高速道路は有料であるが・・・・これも取れるところからは取ろうと言ことでトイレの有料化が進んでいる。仕組みが面白いトイレもある。50セントユーロを入れると30セントユーロ分のクーポンが付いたレシートが出てくる。そのクーポンつきレシートは、サービスエリア内のお店だけ使える。なんとなく、クーポンを使ってしまわないと損するような気になる。実際30セントユーロで買える商品なんてほとんどおいてないのだが。あの手この手でお金を使わせようという商魂たくましい。

プラハへ向かう途中で世界遺産となっているチェスキークルムロフに立ち寄った。チェコの南ボヘミア州にある。東ドイツやオーストリア地域を周遊する際にはたいてい寄る場所だ。中世の雰囲気を残した街並みをもつ旧市街地は歴史地区として世界遺産に登録されている。現在は、チェスキークルムロフはチェコ領である。第一次世界大戦の敗戦によりオーストラリア・ハンガリー帝国が崩壊したことによって、町はチェコスロバキア領となる。当時は、住人の大多数はドイツ人だった。その後、ナチスドイツにより再度ドイツ領となり、第2次世界大戦でドイツが敗北すると再びチェコスロバキアに復帰とめまぐるしい。このとき、住民の85%を占めるドイツ人を町から追放したため、1990年頃までは街は荒れ果てていたようだ。街自体は小さい。が、チェスキークルムロフ城は意外と大きい。
中欧 チェスキークルムロフの市街 DSC_2380

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