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中欧5ヶ国ゴールデンルートの旅 (その11/12)

ツアーに参加した人の中に、夫がフランクフルトに7年間単身赴任していたという夫婦がいた。その奥さんは、欧州は8月の中頃のある日、急に気温が下がり夏が終わると夫が言っていたので長袖を持ってきたのだけど、今回は全然違ったわとこぼしていた。ドイツでは急に気温が下がり、あたかも“今日から秋ィー!!”と宣言するような日が来るのだそうだ。今年は8月の最後の日まで暑い日が続いていた。9月に入った。このウィーンに着いた9月2日がちょうど、その宣言の日だったのかもしれない。最高気温が前日に比べ13度も低くなった。長袖なしではいられない。

ツアー7日目はとうとう雨に見舞われた。ウィーンを立ち最後の観光地ミュンヘンに向かう。途中、欧州でも景観がトップクラスと評価が高いハルシュタットに寄る(↓写真)。道路横を流れる川の水が濁っている。大雨が降ったようだ。天気予報ではハルシュタットに着くお昼ごろには雨は上がるとの予報であったが、小やみになる程度で降り続いている。ハルシュタットで昼食を取り、湖畔沿いを少し散策。晴れていればなぁー・・・という思い。



ハルシュタットの名前のハルはケルト語で塩を意味する。シュタットはドイツ語で街だ。その名の通り、共同体では先史時代から塩の発掘が行っていた。中世には岩塩は「白い黄金」と呼ばれるほど価値があり、ハプスブルグ家はハルシュタットを直轄地として、手厚く保護した。町の外れには、古代ローマ以前にまで遡る岩塩坑がある。世界最古の岩塩鉱(ザルツベルク)は現在、観光客に公開されている。この塩坑から古代の墓地遺跡が発見されている。

広場の一角に小さな案内板があった。説明文には、1734年には塩漬けで完全に保存された状態の遺体が発見された。先史時代の岩塩の鉱夫で、落盤などの事故により岩塩内に閉じ込められたと考えられているようだ。ソルトマンと呼ばれたこの遺体は、未開人ということですぐに埋葬してしまったとある。

その後、アマチュア発掘家、ヨハン・ゲオルク・ラムザウアーはハルシュタット近郊で大規模な先史時代の墓地を発見し19世紀後半発掘を続けた。1863年までに980体の遺体と19,497点にのぼる埋葬品を見つけ体系付けたとある。まるで、納豆などの行商をしながら独学で考古研究を行っていて、1949年に岩宿遺跡を発見し、それまで否定されてきた日本の旧石器時代の存在を証明した相沢忠洋さんみたいな人だな。(↓ハルシュタット博物館 後ろの滝は朝の大雨で茶色く濁っている。)


ハルシュタットを出ても雨は降り続いていたが、夕方ミュンヘン近くになるとようやく青空が戻ってきた。ツアー最後の宿泊は、シェラトンホテル。格安ツアーでシェラトンホテルに泊まれるなんて思っても見なかった。私は気づかなかったが、ツアーに参加した人によると、最初に候補として挙げられていた宿泊予定ホテルよりも最終的に案内されたホテルはグレードアップされていたそうだ。夏も終わりに近づき観光客も少なくなった。ホテル側から旅行会社にオファーした卸値が下がっているのだろう。私が関係している成田空港界隈のホテルも9月になると客足はガクンと落ち込む。

ミュンヘンでの日程は、午前中1時間ほど添乗員が市内の散策を案内するだけ。あとは空港へ出発する予定の17:00まで自由行動。オプショナルツアーも組んでない。日本にいる時に現地ツアーがないか調べてみた。ミュンヘン市内にはこれといった観光名所はない。セグウェイにツアーがあるにはあるが英語によるツアーは、空港への出発集合時間に合わない。結局、レジデンツ(宮殿)の見学と旧市街と青空市場案内という半日観光ツアーに申し込んだ。
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