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秩父夜祭に行ってきました

昨日(12月3日)は、午後から秩父の夜祭りの見物に行ってきました。このお祭りは2016年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。まだ一度も行ったことがなかった。

秩父市は、埼玉県を代表する北西部の中核都市。かつては、絹織物が盛んだった。その関係でフランスと関係が深かった。秩父の最初の小学校はフランス人が作っている。明治18年10月に起こった「秩父事件」と呼ばれる秩父盆地の農民が政府に対して負債の延納、雑税の減少などを求めて起こした武装蜂起事件、つまり政府転覆暴動は、フランスのリヨンの不況が遠因となっている。この他、源作爺さんが作った源作ワインがある。戦後フランス大使館が日本のワインを調べて一番おいしいと評価したワインだ。(でも、今は他においしいワインがいっぱいあるよ。)

セメントの街でもある。南に武甲山(標高1304m)が聳え立つ。秩父市の象徴的存在である。山全体が石灰岩でできている。セメントの原料として採掘が進められている。最近では、削られた山肌が目立つようになり、哀れさを漂わせている。

山肌が変わっていくように、その石灰岩を採掘しているセメント会社も変遷している。
かつては秩父セメントという会社があった。1994年に小野田セメントに吸収合併され、秩父小野田セメントになった。この会社は、さらに1998年に日本セメントと合併した。そして、2000年に太平洋セメント会社傘下のグループ会社として秩父太平洋セメントが設立され、秩父工場や鉱山が引き継がれている。


↑秩父神社の例大祭「秩父夜祭」 産経ニュースデジタル版からのパクリ写真

秩父夜祭は、その武甲山の男神(蛇神・蔵王権現)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が年に一度の逢瀬を楽しむお祭り。その逢瀬の時が12月3日の夜。女神である妙見菩薩は、仏教思想では北極星とされている。ということは、近くに必ず北斗七星を従えている。12月3日の夜は、男神である武甲山のちょうど頂上から北斗七星が上がってくるそうだ。

12月3日の夜に、秩父神社から1㎞ほど離れたところにある逢瀬の場所、秩父神社御旅所に向かう。女神が行幸する列には笠鉾(2台と屋台(4台)が加わる。この笠鉾・屋台がその時に、秩父鉄道の踏み切りを渡る。電車の架線は邪魔になる。ここがすごいところで、その架線を外してしまう。夕方の6時から夜10時ころまでは電車を止めてしまう。普通は、お祭りでも電車は止まらない。

秩父夜祭では、屋台では年ごとに輪番制で歌舞伎を演じることになっている。このため山車(ダシ)とは言わずに屋台と呼ぶそうだ。

さて、夜祭を見ての感想です。主催者発表で、来訪者は30万4000人。うーん、一度は行ってもいいかもしれない。でも、屋台を引っ張るのは何回も見るほどのものではない。しかも、クライマックスの団子坂を上るシーンは入場規制がかかる。両脇の旅館に泊まるか、あるいは有料観覧席でないと見られない。お祭りに参加できるわけでもない。一度行けば十分かな・・・・・と思った、花火を見るまでは。

屋台の周りや駅前は人、人、人。帰りの電車は激コミとなりそうな雰囲気だった。花火大会を少し見て、早めに帰ることにした。その花火大会が7時半過ぎに始まった。あれ!予想していたのとは違った形の花火が打ちあがっている。線条の花火が出たと思ったら菊の形が重なって出てくる。花火の色が鮮やかに変化する。煙火業者がちがうせいなのだろうか、花火自体が、他の大会の花火よりきれいだ。秩父駅に向かう足を止めて、しばし次の花火が打ちあがるのを待って、しばし花火を楽しんでしまった。

大規模な花火大会のように、スターマインが次々と連続的に打ち上下られるというわけではない。およそ6500発の花火が打ち上げられるようだ。規模では上の花火大会が他にもたくさんある。量より質の花火大会。フィギュアスケートのように芸術点を入れて埼玉県ではNo.1の花火大会と評価したい。(規模で言うと鴻巣市の花火大会が埼玉県ではNo.1かな。)今度は、花火を目当てに車で行ってみようかと思う。
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