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ピラミッドを見に行った (その3)

さて、前回からの続きです。
朝食を終えた頃、9時前にバスが迎えに来た。最初の観光訪問先はどのツアーでも定番となっているカイロ市内の考古学博物館。通常のツアーではピラミッドを訪れた後で考古学博物館を訪れ、その後、帰国のためにカイロ空港へ向かうという旅程が多い。今回はいきなり博物館からのスタートとなっている。エティハド航空の帰国便は13:35発である。最終日の午前中に博物館見学を組むと見学時間が短くなるための措置なのだろう。

博物館はホテルから歩いて行ける距離にあった。バスで行くような距離ではない。しかし、エジプトは開発途上国。交通ルールは全然守られてない。治安もさほど良くない。ツアー会社としては安全のためにバスを手配していた。 
(写真↓: 考古学博物館正面 と 内部)
無題考古学博物館 無題博物館

博物館に着くと現地人女性ガイドのリハムさんが説明を始めた。考古学博物館には70万の展示品が収容されている。一点だけ除き全て本物である。偽者の一点は、ロゼッタストーン。本物は英国の大英博物館にある。考古学博物館にはレプリカが展示されていた。エジプトは、英国にロゼットストーンを返してくれよと申し入れている。英国はダンマリを決め込んでいるそうだ。

中学校の国語の教科書にロゼッタストーンの話が載っていたのを思い出した。フランスの考古学者シャンポリオンがロゼッタストーンの下段に刻まれていたギリシャ文字を手がかりに、上段の古代エジプト文字ヒエログリフ(象形文字)の解読に成功した言う内容。現在では、解読が進み、ヒエログリフは比較的簡単に読めるそうだ。

 博物館内は広い。エジプトの神話では「ラー」という太陽神を崇め、その太陽神ラーは太陽の動きと共に姿を変えると考えられた。朝にフンコロガシとなって現れ、昼になるとハヤブサの姿に変わり、夜は羊になるなどと説明を聞きながら、館内の展示品を見ながらぶらぶら歩く。そろそろ飽きてきたかなという頃に、博物館の一番の見世物、ツタンカーメンの黄金のマスクの展示場所に案内された。ツタンカーメン王は若くして亡くなってしまったため、王様としては一番小さな墓で、飾りも少なかった。これが幸いして墓泥棒に発見されなかった。

展示室前の廊下には、棺をしまってあった大きな黄金の箱が展示されている。まるでロシアの土産物マトリョーシカのように、2重、3重・・6重になって箱に入れられていたようだ。

この黄金のマスクは54年前、1965年に上野の国立博物館で開催されたツタンカーメン展で展示されている。私が中学生の頃、上野まで見に行ったことを覚えている。行ってみて驚いた。見物者の列がずらっと博物館を一周していた。京都と福岡でも開催され、それを合わせた総入場者数295万人は、いまだに日本美術展史上最多記録として破られていない。

ツタンカーメンの黄金のマスクは入場者を呼び寄せる一番の展示品。今後、ツタンカーメンの黄金のマスクが国外で展示されることはないだろう。本物の黄金のマスクをまじかに見るだけでも、エジプトに行く価値はあるかな。

上野博物館で見物したときは、何時間も待ってやっと黄金のマスクに近づいた。近くにいた警官が叫んでいる。「立ち止まらないでください。立ち止まらないでください。」通りすがりにちらっと見た記憶。今回は、カイロで半世紀ぶりの再会であった。博物館内は写真撮影許可のチケットを買えば撮影ができるが、ツタンカーメンの部屋は禁止となっている。ツアーによっては、この黄金のマスクと一緒に記念撮影できるというものを売りにしているものがある。エジプトでは、遺跡を撮影するには特別に撮影料を払う必要がある。(写真↓:黄金のマスク、ナショナルジェオグラフィックからのパクリ。黄金のマスクは、ケースに入っているけど実物はもっと黄色味がかり光り輝いていてとてもきれいです)
 無題黄金のマスク

黄金のマスクの前でまじまじと気が済むまで見ることができた。黄金の輝きは同じだった。きれいだった。でも、なんとなく、昔見た時に比べ小さくなったかなかな???。面白いと思ったのは、この黄金のマスクのひげの部分が折れてしまったというお話。2014年8月に修復していた時に、マスクの運搬がずさんでぽきりと折れてしまった。しょうがねぇーなぁー、内緒にしとこうと接着剤でくっつけていた。翌年、そのことがばれて、関係者は処罰された。専門家が接着剤を取り除き、蜜蝋を使って修復している。

日本では、2012年にもツタンカーメン展が開催されている。この時は黄金のマスクは展示されてない。最近、エジプトにおける遺跡文化財の取扱いは厳しくなっている。来年にはピラミッドの街ギザに新しく大きな考古学博物館がオープンする。現在の考古学博物館が移転する。そのそばをバスが通りましたが、大きかったですね。エジプトツアーへ行くのであれば、来年この考古学博物館があらたにオープンしてからをお薦めします。オープンが来年と言われているけど、そこは開発途上国エジプト。ずるずると遅れる可能性はある。


考古学博物館の見学後は、マニアル宮殿へ。ナイル川の中洲にあるローダ島に王様の従兄弟あたるムハンマド・アリ・タウフィーク王子によって1899年に宮殿として建てられた。古代エジプトの雰囲気とはかけ離れた欧州とイスラムの基調を統合した建物。イスラム基調だから内部は空っぽ。壁や天井の装飾を見ることになる。敷地内は、市内と違って結構緑が多かった。王子はなかなか温和な人柄で王さまになることが期待されていたようだけど当時の王様に子供ができたため、結局タウフィーク王子は王様になる道を絶たれてしまった。晩年は、北イタリアの方で生活したそうです。(写真↓:マニアル宮殿)
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午後は、ハーンハリーリを見学。エジプトツアーでは定番の訪問先となっている。何本もの細い路地があり、両側には小さなお店がぎっしり並んでいる。カイロのアメ横と紹介されることもある。歴史は古いが、今は、日常生活用品を調達する現地人向けというよりはどちらかというと大半がみやげ物屋。、観光客向けの野外市場といったところ。小さな彫像からスパイス、土産物、銀細工、Tシャツ、民族衣装のガラベーヤ、ベリーダンスのコスチュームまで、あらゆる商品がそろっている。値札はついているが、そこは開発途上国。どんな品物であれここでは値段交渉が基本。だいたい、こういうところで値札の半値ぐらいで買うのが妥当といったところでしょうか。暑い国だからでしょうか、水タバコ(パイプの中に入れた水に煙を通して吸う)が結構人気であることをこの旅行で初めて知りました。(写真:ハーンハリーリ市場、右の写真は水タバコ。このページの写真はいずれもパクリです)
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