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「18才と81才の違い」

私は、最近はぜんぜん見なくなりましたが、日本テレビの「笑点」は相変わらず視聴率が高く、人気があるようです。その「笑点」の大喜利コーナーで出されたお題「18才と81才の違い」というのが面白いとネットありました。確かに面白い。

お題
「18才と81才の違い」


回答
●心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才
●偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才
●受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才
●恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才
●まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才
●東京オリンピックに出たいと思うのが18才、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才
●自分探しの旅をしているのが18才、出掛けたまま分からなくなって 皆が探しているのが81才
●「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才、鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才

以下はネット民が作成したもの
・ドキドキが止まらないのが18歳、動悸が止まらないのが81歳。
・早く「二十歳」になりたいと思うのが18才、出来る事なら「二十歳」に戻りたいと思うのが81才
・恋で胸を詰まらせるのが18歳、餅で喉を詰まらせるのが81歳
・美容院にちょくちょく行くのが18歳、病院にちょくちょく行くのが81歳 (自作)
・社会に出て一人で歩けるようになったとほめられるのが18歳、一人で歩けると社会からほめられるのが81歳 (自作)

「イチローと一浪の違い」というのも秀逸。
・一年間棒を振るのがイチロー、1年間を棒に振るのが一浪
・点を取れるのがイチロー、点を取れないのが一浪
・ファンを駆り立てるのがイチロー、不安を駆り立てられるのが一浪
・狙ったところに落せるのがイチロー、狙ったところに落されるのが一浪
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中欧5ヶ国ゴールデンルートの旅 (その12/12)

ツアー8日目、最終日。

 

 ↑聖ペーター教会の時計台から眺めたミュンヘン 
← 左の塔には有名な仕掛け時計。この時計の仕掛けを見ようと11時と正午には広が見物人で埋まる。
↓レジデンツ

 

早朝は、添乗員さんの案内によるミュンヘン市内散策。途中で団体行動から一人だけ離れて、午前中の半日ツアーの地元ガイドと待ち合わせ場所となっているレジデンツ横のマックス・ヨーゼフ広場に。約束の時間に像の前で待っていると、9:50分頃に「xx夫妻ですか?」
と声をかけてくる年配の女性が現れた。今日の半日観光を案内するガイドですと言う。いや私はxxじゃないけどツアーには申し込んでいると返事をする。怪訝な顔になった。私の名前は聞いてないという。日本から持参した申し込み完了のメールの印刷を見せる。すんなりと了承してくれた。そしてxx夫妻も現れた。集合時間にあらかじめ余裕を持ってきていたから、連絡不十分でもツアーに参加できたが、遅れてしまったら置いていかれるところだった。

半日ツアーはすぐ隣にあるレジデンツ(旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の王宮)の見学から始まった。ガイドさんが言うにはミュンヘンは第2次大戦で焼け野原になったという。このレジデンツの建物にも爆弾が命中、破壊された。現在の建物は再建したもの。しかし、レジデンツの中には肖像画や当時飾られていたタペストリー(織物)がたくさん展示されていた。爆撃されるのを予想して、レジデンツの展示品で移動できるものはあらかじめアルプスの山奥や塩を採掘した後の塩坑などに隠しておいたと言う。さすがだ。建物内部の壁画や天井画なども、戦後、残された写真などをもとに忠実に復元した。しかし、天井でぼやけて塗られているところがある。想像して別の絵を描くのではなく、どんな絵がかかれていたかわからないというふうにぼやかしたままにしていた。こういうところがドイツ人らしい。

レジデンツ見学後は、世界一有名なビアホールといわれるホフブロイハウスや教会を回わる。ホフブロイハウスは中に入っただけ。最後に案内されたのは青空市場。ちょうど昼食時。空いている席を探すのが大変。このツアーではガイドさんがおすすめのスナックを買ってくれることになっている。これがおすすめと買って来てくれたレバーケーゼをはさんだパンとドーナッツ。ケーゼはドイツ語でチーズ。挽肉を練り上げて、スパイスや香味野菜を混ぜて焼いたドイツ風ミートローフ。名前に反してレバーケーゼにはレバーもチーズも入ってないそうだ。塩味とスパイスが効いた味が絶妙で本当においしい。

青空の下、地元の人たちに混じってベンチに座り、飲むビールは最高だ。ビールの酔いも手伝って世間話となった。年輩の日本人ガイドさんは京都の出身だった。
私:「ミュンヘンにはどのくらいお住まいですか。」
ガイド:「もう39年になります。人生の中でミュンヘンが一番長くなりました。」
私:「どうして、またミュンヘンに・・・?」
ガイド:「私ね、大学は米国の学校でした。留学していたんです。そのとき、主人と知り合いました。ドイツ人です。結婚して子供が生まれ、主人が子供の教育はドイツの方がよいというので、それでミュンヘン来たんです。」
私:「え!、米国の学校で知り合ったんですか。」
ガイド:「はい。当時は、1ドルが360円の時代でした。」
私:「ウァーッ、その頃の留学だったらとても珍しかったですね。失礼ですけど、きっとお金持ちの良い家柄のお生まれか・・・お父さんがしかるべき人だったんでしょう?」
ガイド:「父は、京都帝国大学の教授でした。農学部だった。当時は工学部のように華やかイメージではなかったから、学部を聞かれたらはぐらかして答えなかった。」

ツアー終了の時間が近づいた。ガイドさんは、これからお昼にお友達と日本食を食べに行く約束があるんですと嬉しそうに席を立った。年をとると日本食がありがたくなる。外国にいたらいっそう日本食が恋しくなるんだろうね。この現地ツアー「レジデンツと旧市街~市場で食べ歩き」のお代は59ユーロ(8000円ぐらい)。10時から1時までの半日ツアーではあるが、おすすめ。

↑手前の丸いテーブルはお店専属なのでウェイターが注文を取りに来る。右側の四角いテーブルは自由席。持込自由・ビールは自分で買って来い席。
←ビールの原料であるホップ
 ↓きのこを売るフロイライン(お嬢さん)、オッとフロイラインは今では死語になってしまったようです。女性には未婚既婚関係なくフラウを使うみたい。



吉田兼好が、徒然草で仁和寺のある法師が石清水八幡宮にお参りに出かけた時のお話の結論として「少しのことにも先達はあらまほしきことなり。」と書いているように、旅先で案内人がいるのといないのとでは面白みがぜんぜん違う。しかし、自分で雇うとガイド料は高い。3万~5万円ぐらい。ツアーであればこのガイド代を大勢で負担することになるから安くなる。団体ツアーのメリットだ。

宿泊代も、ホテルはツアーを企画する旅行会社には卸値で提供している。安く泊まれる。個人旅行の場合、宿泊を斡旋する旅行系ウェブサイトから申し込む場合は申し込みの仕方によって宿泊料は異なる。個人が宿泊サイトを通じて予約するよりも、直接ホテルなどのサイトで予約したほうが安い場合が多い。ホテルが宿泊予約サイトに手数料を払わなくて済むからだ。

欧州旅行を計画するなら、お薦めの時期は7月初めか9月初めだろうか?欧州は6月から旅行シーズンが始まる。しかし、場所にもよるが6月はまだ天候が安定してないことが多い。7月頃から安定してくる。7月の初め頃は1年でもっとも日暮れが遅い時期。しかも、日本ではまだ夏休みが始まっていない。飛行機代はまだ比較的安い。9月は夏休みが終わる。観光客がいなくなる。ホテル代が安くなる。日は短くなっているがまだ長い。場所にもよるが気候もよい。

ツアーではいろいろな参加者に出会えるのが面白みのひとつである。中欧などに行こうという人はすでに、英国やフランス、ドイツあるいは米国など日本人にとって人気の高い国には行ったことがある人たちばかり。旅慣れている。埼玉県桶川市から参加した女性は、水着持参でブダペストにある温泉に一人で入りに行った。度胸満点。言葉は通じなかったが、ロッカーの開け方などそばにいた若い女性が教えてくれたそうだ。

船橋から来たという男性は一人旅。銀座でクラブを経営していたという。お客は東証1部・2部の会社の人たちばかり。お店に来てお酒を飲めばお一人様5万円の請求。原価1000円ぐらいのもので5万円だから儲かって儲かってだったそうだ。リーマンショックまでは。リーマンショックで途端に客足が途絶えた。銀座は家賃が高い。2~3ヶ月もお客が来ない状態が続けば、どのお店もやっていけなくなるのだそうだ。

横浜から参加した銀行マンだったという夫婦もいた。毎年、4月にハワイに行き一ヶ月ほど滞在するという。日本人が所有しているコンドミニアムの一室を借りるそうだ。一ヶ月30万円。

私も一ヶ月くらいどこかでの滞在型の外国旅行をしてみたくなった。株で大儲けしたらの話。いつになることやら。
「中欧5ヶ国ゴールデンルートの旅」のお話はこれでおしまい。

中欧5ヶ国ゴールデンルートの旅 (その11/12)

ツアーに参加した人の中に、夫がフランクフルトに7年間単身赴任していたという夫婦がいた。その奥さんは、欧州は8月の中頃のある日、急に気温が下がり夏が終わると夫が言っていたので長袖を持ってきたのだけど、今回は全然違ったわとこぼしていた。ドイツでは急に気温が下がり、あたかも“今日から秋ィー!!”と宣言するような日が来るのだそうだ。今年は8月の最後の日まで暑い日が続いていた。9月に入った。このウィーンに着いた9月2日がちょうど、その宣言の日だったのかもしれない。最高気温が前日に比べ13度も低くなった。長袖なしではいられない。

ツアー7日目はとうとう雨に見舞われた。ウィーンを立ち最後の観光地ミュンヘンに向かう。途中、欧州でも景観がトップクラスと評価が高いハルシュタットに寄る(↓写真)。道路横を流れる川の水が濁っている。大雨が降ったようだ。天気予報ではハルシュタットに着くお昼ごろには雨は上がるとの予報であったが、小やみになる程度で降り続いている。ハルシュタットで昼食を取り、湖畔沿いを少し散策。晴れていればなぁー・・・という思い。



ハルシュタットの名前のハルはケルト語で塩を意味する。シュタットはドイツ語で街だ。その名の通り、共同体では先史時代から塩の発掘が行っていた。中世には岩塩は「白い黄金」と呼ばれるほど価値があり、ハプスブルグ家はハルシュタットを直轄地として、手厚く保護した。町の外れには、古代ローマ以前にまで遡る岩塩坑がある。世界最古の岩塩鉱(ザルツベルク)は現在、観光客に公開されている。この塩坑から古代の墓地遺跡が発見されている。

広場の一角に小さな案内板があった。説明文には、1734年には塩漬けで完全に保存された状態の遺体が発見された。先史時代の岩塩の鉱夫で、落盤などの事故により岩塩内に閉じ込められたと考えられているようだ。ソルトマンと呼ばれたこの遺体は、未開人ということですぐに埋葬してしまったとある。

その後、アマチュア発掘家、ヨハン・ゲオルク・ラムザウアーはハルシュタット近郊で大規模な先史時代の墓地を発見し19世紀後半発掘を続けた。1863年までに980体の遺体と19,497点にのぼる埋葬品を見つけ体系付けたとある。まるで、納豆などの行商をしながら独学で考古研究を行っていて、1949年に岩宿遺跡を発見し、それまで否定されてきた日本の旧石器時代の存在を証明した相沢忠洋さんみたいな人だな。(↓ハルシュタット博物館 後ろの滝は朝の大雨で茶色く濁っている。)


ハルシュタットを出ても雨は降り続いていたが、夕方ミュンヘン近くになるとようやく青空が戻ってきた。ツアー最後の宿泊は、シェラトンホテル。格安ツアーでシェラトンホテルに泊まれるなんて思っても見なかった。私は気づかなかったが、ツアーに参加した人によると、最初に候補として挙げられていた宿泊予定ホテルよりも最終的に案内されたホテルはグレードアップされていたそうだ。夏も終わりに近づき観光客も少なくなった。ホテル側から旅行会社にオファーした卸値が下がっているのだろう。私が関係している成田空港界隈のホテルも9月になると客足はガクンと落ち込む。

ミュンヘンでの日程は、午前中1時間ほど添乗員が市内の散策を案内するだけ。あとは空港へ出発する予定の17:00まで自由行動。オプショナルツアーも組んでない。日本にいる時に現地ツアーがないか調べてみた。ミュンヘン市内にはこれといった観光名所はない。セグウェイにツアーがあるにはあるが英語によるツアーは、空港への出発集合時間に合わない。結局、レジデンツ(宮殿)の見学と旧市街と青空市場案内という半日観光ツアーに申し込んだ。
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